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お守り

 元旦の神社は初詣の人でいっぱいだった。子どもからお年寄りまで、全ての年代を取りそろえてコレクションをしているかのようで、俺はうんざりした。
 俺は去年受験に失敗した浪人生で、今年こそは受からなければならないという気負いから、年末家に引きこもって勉強漬けになってみた。しかし、引きこもり三日目の今日で挫折し、気分転換も兼ねて初詣に来た。もう昼だったので、さすがにたいして人もいないだろうと考えていたのに、結果はこの通り。人がわんさかいる。誰とも会わずにいることよりはよっぽど健全だと言えるかもしれないが、俺には俺なりの事情があった。
 友人に、会いたくなかった。
 正月ともなれば、全国各地に散っていった同級生たちも帰ってくるだろう。ただでさえ俺は、現役で大学に入った友人たちに負い目を感じているのに、試験を目前にしたこの時期に出くわすことになったら……。俺は平静でいられる自信がない。
 ……ああ、何考えてるんだ俺。これじゃ気分転換の意味ねえだろ。
 俺はネガティブな考えにはまった頭を切りかえることにした。何はともあれ、賽銭箱に向かおう。
 何度も頭を支配してこようとする暗雲を必死で振り払いながら、どうにか目的地にたどり着く。十円玉という実に安上がりな再選を投げ入れ、俺はとりあえずお願いごとをした。合格できますように。健康でいられますように。彼女ができますように。……などなど。とても十円ぽっちじゃ叶えてくれそうもないが。
 一仕事終えた後、当然のごとくお守りを買いに向かった。そこにもやはり人が大勢いて、さっきの賽銭箱のところよりもかなり活気があるような気がした。何かと不安が満ちあふれているこの世の中だ。すがれるものがあるならすがりつきたいと思うのは誰しも同じらしい。……今の俺のように。
 並べて置かれているお守りを見ると、お金に絡んだものが多く売れているようだった。こういうのを見ると、ここのところ関心がなかった世間の様子が感じ取れたようで、うれしいやら悲しいやらだった。
 俺がお守りを選んでいると、
「ちょっとすみません」
と後ろから声をかけられた。とっさに脇に避けると、俺と同年代くらいの女の子が俺の前に出てきた。一瞬選ぶようなしぐさをした後に手にしたのは、「試験合格」のお守りだった。お金を受け渡しすると、彼女はとっとと帰って行ってしまった。
 その女の子には見覚えがなかった。受験生なら同じ学年だろうし、どっかで顔を見ていてもおかしくないはずだけどな。そこまで考えたところで、根本的なことを勘違いしていたことに気づく。
 たとえ彼女が、俺がかつて通っていた学校の人であったとしても、分かるはずがない、と。
 俺と同年代くらいで試験を受ける可能性が高いとしたら、それは俺より一つ下の学年なのだ。俺がかつて通っていた学校の生徒であっても、学年が違えば知っている人の数はぐっと減る。一年前の、高三の時と同じような流れでここまできたものだから、つい自分まで高校三年生の気分になってしまっていた。もう、あの頃とは違う。ちょうど一年前、さっきの女の子と同じように「試験合格」のお守りを買った頃とは。



 そう、一年前。俺はお守りを買った。これを買って受かればもうけものだ、くらいの軽い気持ちだった。
 でも、今にして思えば、あの行動が、俺を不合格の道へと突き進めた原因だったんじゃないかと思う。お守りを買わなければよかったってことじゃない。お守りを買った時の、俺の半端な気持ちの話だ。
 あの時俺は、実にいい加減だった。未来に対して不安を抱きながらも、「たぶん何とかなるんじゃないの、たぶん」と楽観視して現実から逃げていた。お守りを考えもなしに買ったことがその最たるものだ。「これさえ持っていれば何とかなる」という当時の俺の想いの象徴のようなものだった。もちろん、お守りを買ったこと自体を公開しているわけじゃない。ただ、お守りが願いを叶えてくれなかったのは、確実に俺のせいだと思っている。俺がもう少し、何とかしようと必死になって行動し、最後まであきらめなければ、お守りも俺の思いに応えてくれたのではないかと、そう思うのだ。
 俺はしばらくの間立ちつくした。お守りをじっと見つめている俺に気づいたのか、「買っていかれますか」と声をかけてきた。
 俺は、振り切るように首をぶんぶんと振った後、黙って背を向けた。これでいいのだ。きっと。
 神社の前の階段を降りながら、家に帰ってから何をしようかと考えた。とりあえず、英単語帳をチェックしておくか。古文の単語だってある。問題は山積みだ。でも、俺は立ち止まることなく進む。
 一年前のお守りの効果が、今頃になって現れるかもしれないのだから。

2010年1月11日 公開