空色図書館へようこそ!

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空色図書館

第1章 第1話

「空色図書館へようこそ」
 本を持った女性に声をかけられた僕は、そこから動けなくなった。人がいる気配のしない建物の中に突然現れた女性に動揺していたし、目を奪われたから。少し薄暗く、木でできた棚で埋め尽くされたこの建物の中で、淡い空色のワンピース姿は目を引いた。そして何より、目の前のこの人は、すごく、綺麗だった。そこだけ現実感がなく切り取られた空間のように見えて、こんな言い方こそ現実感がないけど。まるで女神みたいだった。
「え……あの……」
 気が動転してしまって、言葉が上手く出ない。何言えばいいんだろ。
 困ってしまって、とりあえず顔を上げて彼女の顔を見る。彼女の微笑みが目に飛び込んできた。その微笑みは、どこか懐かしい感じがして……でも、その懐かしさの理由は思い出せなかった。彼女の顔が誰かに似てたのか、それとも、人に会うこと自体が久しぶりだから感傷に浸ってたのか。
 記憶に引っ掛かりを覚えたけど、今は彼女に対応するのが先だ。僕は話しかけた。
「ここはどこなんですか」
 それを聞くのはすごく当然ではあるんだけど、何か頭の悪い質問の仕方だったと言ってしまってから気づいた。私は誰ですか、とか続けてたら完璧だ。悪い意味で。
 そんなことを気にしないかのように、彼女は答えてくれた。
「ここは空色図書館と名づけられた場所です。建物の壁が空色なのが名前の由来なんです。そしてここには、世界中の本が集められているんですよ」
「せ、世界中?」
 僕は思わず左右を見回した。床から天井まで、本がぎっしり詰め込まれている。歩いても歩いても終わりがないような感覚は、それだけの量の本があるなら納得できないことはないような気がした。
「すごいですよね」
「確かにすごいです。いったい何冊あるんですか?」
「それは……私にも分からないです。最初のうちは数えてみようと頑張ってみたんですけど、毎日新しい本がどんどん入ってきますから、数えても数えても終わらないんですよね。例えば、日本という国で出版された本は、一日あたりどれくらいになると思います?」
 一つの国で一日に出版された本の数……? 考えたこともない。
「10冊、とか?」
「200冊らしいですよ」
「ええ!? 200!?」
 そんな数の本、目の前に置かれて読めって言われたら泣き出したくなるぞ。
「そんな調子ですから、世界中から集められた本を整理するのに精一杯で、数を数えるところまでできませんでした」
「その本を整理するのは、あなただけなんですか」
「ええ」
 どこか誇らしげな感じで、彼女は答えた。でも、本なんてそんなに軽いものじゃない。一冊ならともかく、百冊や二百冊ともなれば持ち運ぶのに相当苦労する。華奢な印象を受ける彼女にとって、かなりの重労働なはずだ。
「たいへんじゃないですか」
「それはもうたいへんです」
 少しも迷うことなく彼女は答えた。そして、続けた言葉にも迷いはなかった。
「でも、本が好きですから」
 そう言って、また微笑みかけてくる。
 そこから感じられる強い意志は僕には眩しくて、だからこそ惹かれるものがあって。僕はためらうことなく口にしていた。
「あの。本を整理するの、手伝っていいですか」

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2011年1月1日 公開