自転車という強力な武器を手に入れた僕は、さっそく街へ繰り出します。
とりあえず街の北側(地図については自利利他のサイト内の地図を参照ください)を攻めることにした僕は、主人公たちが通う高校のモデルとなった「県立宇治山田高校」へ向かうことにします。
本編中でもかなりきつい坂があることが言及されていたのですが、期待を裏切らず急斜面となっていました。
頑張って自転車から降りないで校門の前まで漕ぎきったのですが、坂が急な上に割と距離があるので、登りきった時にはゼーハー言っていました……。
無理ッス! この坂をチャリ二人乗りでのぼるとか、とてもじゃないけど無理ッス!!
裕一は、よく里香を乗せて漕いだな……。
で、辿り着いた校門の先に見えた校舎には、何やら飾りつけが……。
よく見ると、テントが設置されていて、まるで学園祭でもやっているような雰囲気でした。
まだ5月なのに学園祭? …………ん? 学園祭?
よく考えてみると、本編中で学園祭のシーンがあるんですね。
だからもしかして、ここで撮影したのかな……? と思いながら宇治山田高校を後にしました。
後で聞いたところによると、この日は午前中に宇治山田高校で撮影をしていたらしいんですね。
だから僕が見たのは、撮影したあとのものだったと。
もう少し早く伊勢に着くことができれば、この日の撮影にも参加できたかもしれないのにな……残念。
街中をしばらく走っていると、こんなチラシがありました。
よく見ると、街のあちこちに貼ってあった『半分の月がのぼる空』のエキストラ募集のポスターです。
僕は自利利他の、ある意味電子版のチラシを見てエキストラに応募したため、このチラシを見たのは初めてでした。
ただ、街中に貼ってあるチラシが効果を発揮していたかというと……?
ちなみに、この写真を撮ったのは、小説の第1巻第一話に登場する、しんみち商店街なのですが、商店街の様子を写したのがこちらです。
「 アーケードの下は、恐ろしく静かだ。
死んだように眠っている。
いや――。
事実、死んでいるのだ。
駅前から少しはずれたこのあたりは、もうすっかり寂れきっている。昔は賑わいのある商店街だったのだが、店の大半は潰れてしまった。かつて色鮮やかに塗られていたシャッターは今やすっかり錆びついてしまい、昼間でも開くことはない。シャッター銀座、なんて哀しい呼び方をされてるくらいだ」『半分の月がのぼる空』第1巻21ページ より
そんな描写がありましたが、今、それをまざまざと見せつけられたような気がします。
街中を巡っていても、人があまりいなくて、全体的に寂しい印象を受けたというのが偽らざる感想だったりします。
自分が昔住んでいた場所と雰囲気が似ているんです……。
この前、僕が昔住んでいた場所に、大学の先輩と一緒に行ったのですが、その先輩が言った台詞も似たような感じで「何もない場所だ」でした。
自分が住んでいた場所が「何もない場所だ」と思い知らされる時ほど悲しいことはない気がします。
伊勢を巡っている間、僕と裕一は同じような立場に立っていた。
そんな気がしました。
伊勢といえばこの場所!
続いては伊勢神宮に行ってきました。
伊勢神宮は二つあるってことを、『半月』を読んで初めて知りました。
伊勢市駅のすぐそばにあるのが「
(『半月』情報)
で、まず最初に来たのは街中にある外宮の方です。
外宮の方は本当に街のど真ん中にあって、駅から見えるんですよね。
あまりに溶け込んでいて、最初、それが伊勢神宮だとは思わなかったくらいです(笑)。
伊勢に行くからには伊勢神宮に行かずしてどうする! ということでとりあえず行きましたが、寺やら神社やらを巡ることに関して特に熱心な人間ではないので(苦笑)、割とさらっと回って来ました。
さらっととは言っても、全ての場所を駆け足で巡りまして、ちゃんと伊勢に行った気分を満喫した自分(笑)。
そして、気付いたことがありました。
ここには人がいる。
さっきの「−街中−」の章では、人が全然いないと嘆きましたが、あの台詞が嘘だと思えるくらいでした。
(土曜日だったせいもあるかもしれないですが)
裕一が作中で言っていた「ここは伊勢神宮でもっている」というのも、全否定はできないなあと複雑な気持ちでした。
次は、この旅で一番行きたかった場所「砲台山」です。
「砲台山」は、作中で重要な役割を果たす場所で、正式名称は「虎尾山」(作中においてはこれをもじって“龍頭山”を正式名称にしていました)といいます。
確かに作中でも重要な場所ではあるのですが、現実の伊勢にある虎尾山がファンの聖地と呼ばれるようになるのにはそれなりの理由があったのです。
かつて虎尾山は、ごみの不法投棄で荒れ果てた場所でした。
そのため、わざわざ観光のために山に登って行こうとする人などおらず、山の荒廃は進む一方でした。
荒れ果てた山を救うため立ち上がったのが、他でもない、現 自利利他代表の山本さんでした。
清掃活動の賛同者を募ったところ、全国各地から『半月』ファンが集まり、虎尾山の清掃活動が進められていきました。
山本さん自身は、活動開始当初『半月』の存在を知らなかったそうです。
清掃活動開始と『半月』の連載時期が本当に偶然一致したらしく、まさに奇跡の巡り合わせ。
『半月』ファンとの出会いを経て、ファンも地域住民も楽しめる街にしていこうということで、NPO法人自利利他を設立し、今に至るそうです。
そんな、ファンと地元住民との協力の結晶ともいえる現在の虎尾山。
生きている間に一度は見ておかないと気が済まないと思っていただけに、今回の機会を逃さなかったのは今思うと自分のファインプレーでした。
さて、その虎尾山というのがこちら。
少なくとも自分は「あれっ?」と思いました。
「こんなに小さかったの?」と。
山というよりはどちらかというと丘と表現した方が近いような雰囲気で、少し戸惑いました。
(実際、丘という捉え方もあるようですが……)
作品中でも、大きいという表現はどこにもなく、むしろしっかりと「小さい山だ」と記述されていたんですが、どうやら勝手に妄想を膨らませすぎていたようです(笑)。
ちなみに標高は50mほど。
やはり、それほど高い場所ではありませんでした。
山の方へ近づいていくと……。
住宅地の開発が進んでいます。
実は、近年この辺りで住宅地の開発が進んでおり、清掃を続けてきた虎尾山の頂上も元の状態を存続することが危ぶまれていました。
住宅地の開発業者との交渉の結果、何とか頂上とその登山口は残されるようになりました。
こちらが、登山道入り口に立てられた看板。
歴史施設「砲台山」を残す旨が書かれています。
表には出てこない努力が実り、こうして今登ることができるのだと思うと、頭が下がる思いがします。
では、いざ虎尾山に登頂!
登山開始から一分ほど。
この先にあるのが……。
伊勢市内を一望できる広場です!
そして振り返ると……。
頂上へと続く階段がありました……。
いよいよ、裕一と里香が見た景色にたどり着きます……!
登ったこの段階では分かりませんでしたが、頂上にそびえ立つこの石碑は、日露戦争の記念碑だそうです。(Wikipediaより)
また、作中に存在した砲台跡も見当たりませんでした。(Wikipedia曰く“存在しない”らしいです)
とりあえず石碑を見ていると残念なことが。
落書きがしてありました。
……残念です。残念でならないですよ……。
この場所にどれだけの人が関わって、どれだけの苦労を積み重ねてきたか、分からないのでしょうか。
世界各地でも、観光地への落書きが絶えない現実があり、そしてあれを目の前で見ると、悔しくてなりませんでした。
……嘆いてばかりいても仕方ないので、とりあえず石碑の所から見える、おそらく裕一たちが見たであろう景色をしばらく眺めていました。
……空にはぽかぽかと町を照らす太陽、心地よい風が通り抜けてゆき、新緑の鮮やかな木々がさらさらそよぐ。
……いい気持ちでした。
先程の、ちょっと悲しい出来事を忘れさせてくれるような、気持の午後のひと時でした。
まったりしている間も、何人かの人がここを訪れて来ました。
たぶんみんな、『半月』のことが大好きなんでしょう。
話し声を聞いていると、そんな雰囲気が伝わってきて、ここに集まってきた不思議な縁を感じずにはいられませんでした。
一旦日向ぼっこをやめた僕は、ここに来たからには確かめておきたいものを探すことにしました。
石碑をぐるっと回り、ほどなくして見つかった「それ」は……。
「登山ノート」です。
ここに来たことを記す記録ノートがここにはあるのでした。
ページをパラパラとめくっていくと、本当に色々な人がここを訪れていることが分かります。
早速最新のページを開き、コメントを記していると、女の子が近づいてきました。
「それって何なんですか?」
ここに来た人がコメントを記していくものだと説明し、自分が書き終わったらどうぞ書いていってくださいと話しました。
で、書き終わったところでノートを渡すと、彼女はパラパラめくって見て、感想を一言。
「みなさん絵うまいですね」
僕は描いてないですけどね……。
「私は絵がうまく描けないですから……」
僕の描いた絵を見たら、きっと自信つきますよ(笑)。
でもまあ、その人が言ったように、確かにみなさん絵がすごく上手い。
『半月』のイラストを担当した山本ケイジさんが描いたんじゃないかってくらい、里香の生き生きした姿が描いてあるんですよ。
あの人たち、何者ですか?(笑)。
そんなこんなで、再び虎尾山からの景色を眺め続けていた自分。
やがて、さっきの女の子が帰ってしまったので、一体どんなことを書いたんだろうと、気になって見てみました。
……ページを開いてみてびっくり……。
『う、裏切り者〜!』
……絵、すごく上手いじゃん。
何となく打ちひしがれた思いを抱えつつ砲台山を後にした僕は、今日の実質的な最終目的地、もう一つの伊勢神宮である「
市街地にあったここまでの訪問場所とは違い、大分外れた場所にあるので、遠い遠い。
そして辿り着いたのが……
道間違えて全然違う方向に行ってしまいました(笑)。
ちなみに皇學館大学は、『半月』の映画撮影にも使われた場所なのですが、この時点では知る由もなく。
とりあえず引き返して自転車を走らせたのですが……道が分からない。
参考リンクの中にある自利利他様の地図を印刷して持っていたのですが、目印となる建物が書かれていたりするわけではないので、今走っている道で合っているのかいまいち分からない。
ヒーヒー言いながら自転車で迷走すること30分近く。
ようやく高速道路の伊勢西インターチェンジまで辿り着き、内宮までもう少しの所に来たことを知った僕はラストスパートで漕ぎまくります。
(ここにある坂が長くてきついんです……)
テレビでもよく見る、おはらい町通りやおかげ横丁を自転車押しながら歩きます。
昔ながらの建物を生かした店舗が並び、見ていて飽きなかったのですが、それ以上に驚きなのが人の数。
土曜日ということもあってか、道幅いっぱいに並ぶ人、人、人!
圧倒されつつも歩き続けていると、テレビでおなじみ、赤福の店が登場。
『半月』連載終了後、悪い意味で全国に名をとどろかせることになってしまった赤福ですが、ここはさすがにたくさんの人で賑わっていました。
で、ここで密かに狙っていたものがありました。
それは……赤福氷。
おはらい通りにある赤福の店でしか食べられない赤福氷は、かき氷の上に赤福と宇治金時を乗せてある一品。
『半月』の中でちらっと登場していたこともあり、ここに来たからには食べなけりゃならん! と意気込んでいました。
結局自転車で40分ほど走り続けていたこともあり、顔が上気し、疲労困憊でしたし、疲れを癒すのにも持って来いの品だろうと。
しかし!
どうせ内宮も大して時間かけないで見るんだから、内宮見終わってから一日の観光の締めで食おうではないかと考えました。
赤福の店を後にした僕は、人込みをかきわけ内宮へ。
……これが、悲劇の始まりとも知らずに……。
内宮入口です。
この時点で4時半過ぎで、だいぶ日が傾いてきた頃合いだったのですが、その割には人がいました。
また、内宮へ続く橋を工事していたので、この時は仮で作られた橋で横断。
橋の下を流れていた五十鈴川ですが、すごく綺麗でした。
上流の方には人工物があまりないせいもあるのでしょうか。
川で遊んでいる子供もいました。
で、内宮の中を巡りましたが、外宮に比べて遥かに広い。
早足で一通り巡ったのですが、結構時間がかかり、入口に戻って来られたのは5時10分でした。
さあ赤福氷だ! と喜び勇んでおはらい町通りへ舞い戻る僕。
……しかし、様子がおかしい……?
「5時で閉店です 赤福内宮前店」
……あれ?
何しとんねん自分! と。
何のためにここまで来たんや! と。
この日行きたかった場所には一応一通り行けたのに、最後の最後でポカをやらかしてしまったわけで……。
傷心の僕は仕方なく普通のかき氷を購入するべく、和菓子屋「喜久屋」へ。
宇治金時でもなく、ごく普通のいちご味を買って食べました。
で、そこの店の中でかき氷を食べたので、店員の方と色々話しながら食べてました。
東北の方から来る人も、しかも一人で来る人もなかなかいないと言ってました。
……まあ、そうでしょうな、僕以外は(笑)。
しかも帰り際、ここまで来るの大変だったでしょうと言って、そこの店の方に和菓子も頂いてしまいました。
……和菓子屋から和菓子頂くのも悪いなと思ったんですが、せっかくの好意はありがたく頂くことに。
みなさん、こんな親切な店員がいる「喜久屋」をどうぞよろしく!(笑)
それと、ここまで書いたとおり、市街地からはだいぶ遠いので、内宮へ行く時はバスの利用をお勧めします。
終わりよければ全て良し。
いい気分で内宮とおはらい町通りを後にした僕は、再び市街地へ。
まだちょっと時間あるなということで、おまけで伊勢市立伊勢図書館へ。
図書館にしては結構明るい雰囲気で、一番驚いたのは絵本や児童書の多さ。
図書館の規模に対してあれだけ児童書のスペースをとっている図書館は見たことがなかったです。
そこら辺に力を入れている図書館なのでしょうか。
そして2階には本命の橋本紡先生コーナーが。
『半分の月がのぼる空』はもちろんのこと、『リバーズエンド』や絵本の『君と僕の歌 world's end』などがあり、思わずちょっと読んでしまいました。
地元の作家の本が、地元の図書館に置かれている。
作家にとって、これほど幸せなことはないと思いました。
伊勢巡りも終了し、ビジネスホテル山本へ。
実は今回、「相部屋」にしてくださいと頼んでいました。
どんな人と一緒の部屋になるか分かりませんでした。
不安がありつつも、それが旅の醍醐味の一つでもあろうということで決心。
どんな人がいるのか?
……扉を開けた先にいたのは、自分とそれほど歳が変わるとも思えない青年でした。
どんな人なんだろうとドキドキしていた僕は、対面してひとまず一安心。
その人は、確か21、2歳(くらいだったはず)で、兵庫県から来たとのこと。
大学生とかではなく、もう社会人として働いていて、有給取って来たと言ってました。
すげえ、立派だなと。
歳が何歳も離れている訳じゃないのに、しっかりした人だなと思いました。
もちろん『半月』のファンで、この日宇治山田高校で行われた撮影にも参加していたとのこと。
羨ましい……。
ほどほどに話をして、テレビも見つつ、次の日は朝早いこともあって10時には就寝。
はてさて、翌日の撮影はどうなるでしょうか……。
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