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甲子園と鉄道の旅(2) 1日目 中京大中京対日本文理

甲子園到着

8月24日(月)。
甲子園大会決勝戦のこの日、僕は午前11時に甲子園入りしました。
試合開始は13時なので、一見だいぶ早い到着に見えますが、ゆずみんさんその他の方々の情報によれば、年によってはこれくらい早く行かないと入場できないこともあるそうです。
さて、今回はどうなのか。

甲子園入り口
入場券
甲子園の階段
甲子園

全くもって余裕でした(笑)。
まあ、今日一日はこれがメインなので、2時間待つことくらい、気持ちの上では特に問題ではありません。

ただ、問題は体力の面。
この日は天気も良く、気温は30度超。
一応、帽子・タオル・長袖で防備していますが、僕が座った三塁側内野席は日陰が全くない場所。
何時間もいてもつのか、予断を許しません。

まあ、心配ばっかしててもしょうがないので、とりあえず昼食。

ジャンボ焼き鳥

ゆずみんさんオススメのジャンボ焼き鳥です。
ジャンボと名のつくだけあってデカく、おいしかったです。
まあ、これで700円というのは、この場所だからということでご愛嬌でしょうか。

中京大中京高校の堂林選手

こちらは、中京大中京高校のエース・堂林選手。
キャッチボールを始めると同時に三塁側で堂林選手に対する歓声が沸き起こり、さすがだなと思いました。
それに、僕の前の席に小学校低学年くらいの子どもがいたのですが、堂林選手が打席に入る度に「堂林がんばれ!」と声援を送っていました。
子供から憧れられる選手になっている堂林選手に、ちょっと羨ましさを覚えたり。

テレビで見ると割と痩せてるように見えましたが、間近で見てみると肩ががっしりしていてまさに筋肉の塊。
エースで四番を務めているだけあるなと感じさせました。

テレビ席

バックネット裏に目を移すと、そこにはテレビ中継席が。
テレビで見てると別室でやってるように見えましたが、意外にも観客席のど真ん中に陣取っています。

こんな風に甲子園を見ていると、隣に若いカップルが。
地元の方らしく、僕にとっては異教の言葉(笑)の関西弁で話しています。
最初は特に意識していなかったのですが、少しして向こうから話しかけてきて、しばし談笑モードに。
「関西は物騒なところだから、荷物置いて席離れたりしたらいけない」と注意してくれたのですが、そんな言葉が嘘に思えるくらいに、目の前にいるのは好青年の兵庫人。
彼女さんの方も、彼氏さんに負けないくらいのいい人だったので、お二人には末永く幸せであって欲しいなんて思っているうちに、いよいよ試合開始の時間に。

チームカラーの出た一回の攻防

先攻は日本文理高校。
中京大中京高校の先発ピッチャーは堂林選手。
四番として豪快なバッティングを披露するのとは裏腹に、130キロ台前半のストレートで低めに丁寧コントロールして投げるのが印象的。

日本文理高校は、送りバントよりも比較的強攻策が多い印象のチーム。

実際、この回の攻撃は、二番高橋隼之介選手がセンター前ヒットの後、三番武石選手が内野ゴロゲッツーで無得点に終わります。

そして裏の攻撃。
日本文理の先発は、この大会一人で投げ続けた伊藤直輝選手。
連投の疲れがどう出るのか、気になるところでした。

一方、攻める中京大中京高校。
こちらも圧倒的打撃力を誇っていますが、日本文理とは対照的に、かなりの確率で送りバントを試み、手堅く攻める野球をしてきます。
この年の中京大中京は、打撃の破壊力にものを言わせて勝ってきたと捉えられることが多く、実際、大量得点で勝ち上がってきてはいるのですが、守備から流れを作り、攻撃では手堅くチャンスを作って得点に結びつける守りのチームであることに間違いはないと思います。
この回、まさにその通りの攻撃が見られました。

一番山中選手がセンター前ヒットを放つと、二番国友選手が初球を送りバント。
三番河合選手がレフトフライに倒れるも、四番堂林選手が右中間に先制二ランを叩き込みます。
綺麗な放物線を描いた堂林選手のホームランに見とれた僕は、堂林選手は強打者としてプロで大成できるだろうなと、この時思いました。
この年広島に入団した堂林選手が今後どんな活躍を見せてくれるか、期待しています。

この回、ピッチャー自らのホームランで二点を先制した中京大中京。
中京大中京に流れが来ているなと思いましたが……。

同点

二回表・日本文理はニ連続二塁打で一点を返し、更に三回表には二番高橋隼之介選手のソロホームランが飛び出し、2対2の同点に。

その後は一転して試合が膠着してしまいます。
三回裏には中京大中京が一死満塁のチャンスを作ります。
追加点が入ることはほぼ間違いないと思われ、ドキドキしてましたが、六番伊藤隆比古選手、七番柴田選手の連続三振。
伊藤直輝選手の投球が冴え、無得点に終わります。
いや〜ここの展開は熱かった。

四回裏には八番金山選手がヒットで出るも、九番岩月選手の送りバントが二塁封殺に。
これも伊藤直輝選手のフィールディングが素晴らしかった(……はず。一年前のことで記憶が曖昧)。

五回を終わった時点で2対2の同点で変わらず。
グランド整備に入ります。

一転、大差へ

スコアボード。五回終わって2対2の同点
五回終了時のスコアボードの様子。

六回表のグランドの様子
グランド整備終了後、中京大中京が守備へ。

この回、二番高橋隼之介選手がヒット、三番武石選手が死球でノーアウト一塁二塁となったところで、先発の堂林選手が降板してライト。
九番岩月選手のところに森本選手が入ってピッチャーとなりました。
代わった森本選手が落ち着いたピッチングを見せ、この回無得点に抑えます。

そして迎えた六回裏、中京大中京が火を噴きました。

一死の後、九番森本選手が四球、一番山中選手・二番国友選手の内野安打にキャッチャーの後逸が絡み、一死満塁に。
三番河合選手は三振するものの、ここで二打数二安打一四球の堂林選手が登場し、ついに均衡が崩れるのかと緊張が高まりました。
そして、期待に応え、レフト前へ二点タイムリー。
ついに試合が動きだします。

続く五番磯村選手は死球。
六番伊藤隆比古選手は、一安打出ているものの、ストライクは見送り、ボール球に手を出すという悪循環を繰り返していたため、おそらく打てないだろうなと思っていました。
案の定、ピッチャーへの高いゴロになったため、チェンジだろうと思いましたが、ファーストベースに誰も入っていなかったためアウトにすることができず、まさかの追加点。
この辺りで日本文理の集中力が途切れた感があり、七番柴田選手に三点タイムリーツーベースが出て、この回6得点。
8対2と大きく得点が開きます。

七回表の日本文理は、三連続ヒットで一点を返します。
ただ、6点差がついていたことを考えると、ヒットが三本も出たのに一点しか返せないのか……となってしまい、日本文理が追いつくにはヒット何本必要なのかと暗い考えになってしまいます。

一方、その裏の中京大中京。
一番山中選手がヒットで出た後、二番国友選手が送りバントを決め、一死二塁となります。

ここで周りの観客から、5点もリードしているのになぜ送りバントをするのかと不満の声が聞こえてきました。
単純に考えれば、送りバントは確実に一点が欲しい時に使われる作戦なので、大差がついているならあえて送らなくてもいいことになります。
しかし、それでもここで送りバントをした意味は、一つは雑な野球にならないようにすること。
大差がついていると、心に油断が生まれて隙ができ、そこから失点に結びつきかねないです。
送りバントをさせることで、選手に一点を確実に取りに行くという緊張感を与えることができます。
そしてもう一つの意味は、おそらく自分たちの戦い方を見失わないようにするということだと思います。
冒頭でも述べましたが、中京大中京の打線は破壊力があるのと同時に、手堅く攻めていくというのがチームカラーです。
これらを選手たちの心に刻むという点で、ここでの送りバントには意味があったのだと思います。

続く三番河合選手にツーベースヒットが生まれ、得点が入ったので、この送りバントは成功ということになります。
そして、五番磯村選手にもタイムリーヒットが飛び出し、中京大中京は2点を追加。

8回表の日本文理は1点を追加。

8回裏の中京大中京は、先頭の七番柴田選手がヒットで出塁し、前の回と同じ状況で八番金山選手には同じく送りバントをさせ、一死二塁。
ただ、この回は後が続かず無得点に終わります。

さっきみたいな批判は、まあ出ても不思議ではないと思いますが、僕が監督であっても同じことをしたと思うので、中京大中京に賛成です。
それに、あの送りバントが、最後の最後で勝負を分けることになるのですから……。

九回表、日本文理高校の攻撃

ついに迎えた最終回。
この時点で10対4と日本文理が6点差で負けています。
日本文理もここまで得点を重ねてきているものの、最終回で6点差というのは希望よりも絶望の方が圧倒的に大きいです。

そしてこの回、エースの堂林選手が再度登板します。
この夏の最後はエースで締めようという監督の計らいでしょう。
僕が監督でも(略)。

逆に言えば、中京大中京には疲れたエースを最終回にマウンドに上げるだけの余裕があるということで、日本文理が追い上げるのがいかに絶望的であるかが、ここからも分かってしまいます。

そして始まった九回表の攻撃。
堂林選手に疲れが見えるものの、八番若林選手は見逃し三振、九番中村選手はショートゴロで、あっさりツーアウトを迎えてしまいます。

野球は九回ツーアウトから

野球にはいくつもの「格言」と呼ばれるものがあります。
時には定石、時には戒め、時には夢や希望に過ぎないものもありますが、胸に刻んで損はないものばかりです。

「野球は九回ツーアウトから」

これは、多くの人が聞いたことがあるでしょう。
守備側にとっては、勝利まで残りアウト一つになっても油断するなという戒め。
そして、攻撃側にとっては……。

九回表、6点ビハインドでツーアウトランナーなし。
バッターは一番切手選手。
ここまで四打数無安打と苦戦を強いられている切手選手は、フルカウントまで粘り、ついに四球で出塁します。

次のバッターは二番高橋隼之介選手。
四打数三安打と、日本文理で一番当たってる選手だけに、期待が持てました。
そして四球目。
切手選手が盗塁を決めるてランナー二塁。
バッターはとにかく粘る。
もしかして出塁できるんじゃないかと思ったところで、九球目についにタイムリーツーベースが出て得点。
一点を返します。

ここで中京大中京は守りのタイム。
当然ですね。
もしものことが起こる前に、早めに手を打っておく必要がありますから。
僕は、この時点では中京大中京の勝利を少しも疑っていませんでした。
二塁に走者がいるとはいえ、まだ5点差です。
満塁でホームランが出ても同点まで追いつけないですから、日本文理が勝つ道というのは果てしなく遠いものでしたし。

続いては三番武石。
こちらも粘って七球目。
打てるのではないかという期待を持ったところ、痛烈な当たりがライトを襲い、タイムリースリーベースヒット。
一点が入り、4点差に。

そして、この前後から、甲子園の雰囲気が異様なものになってきます。
もしかしたら何かが起こるんじゃないかという期待と悲鳴。
いずれにせよ、球場全体が奇跡の一端を見ている気持ちでいたことは確かでしょう。

そして、四番吉田選手。
二球目でサード方向のファールゾーンにフライが高々と上がりました。
もはやこれまでと思われたその時、信じられないものを目にしてしまいました。
キャッチャー磯村選手とサード河合選手が互いを見合ったと思った次の瞬間、河合選手の遥か後方にフライが落ちていたのです。

僕は三塁側の内野席にいたので、この光景を間近で見ていたのですが、それでも何が起きたのか理解できませんでした。
風で打球があれほど流されたのか、それとも雲に紛れてよく見えなかったのか。
いずれにせよ、中京大中京の選手たちを言いようのない何かが包んでいたことは、この瞬間にはっきりと分かりました。

そして次の投球がデッドボールとなり、二死一・三塁に。

ここで、まさかのピッチャー交代。
ファーストに回っていた森本選手が再び登板し、エース堂林選手はまたマウンドを下りてライトの守りにつきました。

僕が監督だったら、この場面になっても堂林選手を代えていただろうか。
何とも言えません。
なぜなら、この期に及んでも、中京大中京の勝利は揺ぎ無いと思っていたのですから。
ランナーがたまっているとは言え、まだ4点差。
この場面でホームランが出てもまだ同点にならないですし、4点取るまでの間にアウト一つは取れるだろうという考えがありました。

しかし。

五番高橋義人選手に、粘られた末のフルカウントからの八球目を見送られ、フォアボール。
ついに満塁となります。

この瞬間、僕の頭をある思いが駆け巡りました。

日本文理は追いつけるんじゃないか。

栄冠までの距離

この時の甲子園の雰囲気は、それはそれは妙なもので、終始どよめき、指笛まで吹き荒れていました。
僕も体の底から湧いてくる得体の知れない何かで物事を冷静に判断できなくなっていた気がします。

バッターは、大会を一人で投げ抜いてきた六番ピッチャー伊藤直輝選手。
伊藤直輝選手が打席に入った途端、突如として伊藤コールが沸き起こりました。
それも、日本文理を応援するアルプススタンドからではなく、日本文理のベンチがある一塁側内野席とバックネット裏から起こっていました。
球場の雰囲気からすれば、僕も伊藤コールをやりかねないところでしたが、三塁側は中京大中京の応援席があり、これまでの周りの雰囲気から察するに大半が中京大中京ファンで占められていると見られたため、下手なことをすれば冗談抜きに殺されかねないと思われました。
特にアクションを起こさず、伊藤コールがどんどん大きくなるのを見ていた三球目、伊藤直輝選手が打った打球が三遊間のど真ん中を抜けていくのが見えました。

レフト前に打球が転がったのを見て、二塁ランナーの吉田選手もホームに突っ込んできます。
レフトの盛政選手がダイレクトでバックホーム。
キャッチャーとショートの間辺りにいたピッチャーの森本選手がカットしなかったので、際どいタイミングに。
足とタッチの競争になった次の瞬間。
審判はセーフのコール!

二点タイムリーヒットとなり、ついに10対8の二点差まで迫ってきました。

こうなると、もはや試合の行方は完全に分かりません。

次は、代打の石塚選手。
何と初球から打っていき、先ほどと全く同じような打球が三遊間を抜けていき、しかもレフトの盛政選手が打球を弾いてしまったため、一塁ランナーの伊藤直輝選手が三塁まで進み、二塁ランナーの高橋義人選手が帰ってきて。

ついに、一点差。

二死一・三塁で迎えるは、八番若林選手。

打者一巡し、この回の先頭で見逃し三振に終わった若林選手まで回ってきました。
球場の雰囲気と選手たちの様子から、打球が正面を突かない限りは、中京大中京の選手はアウトを取れないと思われました。
それくらい球場全体は異質な雰囲気でしたし、日本文理の選手は気迫に満ちてましたし、中京大中京の選手には精気がありませんでした。

そして二球目。

金属バット特有の甲高い音が鳴り響き、鋭い打球がサード方向へ。
同点になったと思った次の瞬間。
サードの河合選手が一歩も動くことなく、打球がグラブの中に吸い込まれました。

本当に真正面でした。
あと50センチでも横にずれていれば、打球を処理することはできなかったのではないかと思われましたが、ボールがグラブの中に入っていったと思ったくらい見事に正面でした。

6点差がついた九回ツーアウトから、結果的にはわずか1点差。

10対9で中京大中京高校が、43年ぶり7回目の優勝を勝ち取りました。

試合終了時のスコアボード

得たもの

応援団に挨拶に行く中京大中京高校の選手たち

打球が取られた瞬間、歓声は一瞬悲鳴に変わり、そしてすぐに大きな拍手へと変わりました。
次々とスタンディングオベーションをしていく観客を見て、僕も無意識のうちにスタンディングオベーションをしていました。

一生で何度見られるか分からないほどの名勝負を生で見たんです。
興奮せずにはいられませんでした。

やはり最後まで諦めないことが勝利へ一歩でも近づけることになるんですね。
決勝の日のわずか数日前に決心して、遠く甲子園まで来ましたが、来てよかった。
一生の宝ものです。

こうして大満足で甲子園を後にしたのでした。

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2010年9月24日 公開